2012年8月30日木曜日

もしも、産む前に一ヶ月の命だとわかったら……

自分の人生があと一ヶ月しかないとわかったら、どのような気持ちになるだろう。

その時になってみなければわからないけれど、小心者の私のことだから、きっと大げさに騒いで周りに迷惑をかけて、時間をかけて受け入れていくか、それとも受け入れられないまま流れていってしまうか。あまり優等生になれないような気がする。

では、身ごもった子が生まれても一ヶ月しか生きられないと事前にわかったとしたら、私はどうするだろう。

妊娠したことがない私は母の気持ちが今ひとつわからないけれども、もし何も知らないまま子どもを産み、その子が一ヶ月しか生きられないとわかったとしたならば、私はその一ヶ月間を大切に大切にするだろう。医療に囲まれながらも、許される限り、その子が幸せを感じるように、たくさん抱きしめ、たくさん歌い、たくさんキスをするだろう。あくまでも想像でしかないけれど。

では、あらかじめ知らされていたら、私はどうするのだろう。妊娠1、2ヶ月でわかったら。

他の場合ではどうか。
身ごもった子が、命に別状がないけれど、五体満足ではないとあらかじめわかったとしたら?
私は、どんな心で、どのような選択をするのだろう。

前もって将来の子どもの可能性を知っていたら…。

出生前診断の怖さは、私はここに感じる。

  今の私は、さまざまな人生のあり方があるということを少しだけ知っている。歩けなくて見、みえなくても、聞こえなくても、話せなくても、意志が通じにくくても、その人の人生があり、生きるかたちがあるということ。たくさんの人たちが、私に教えてくれたことだ。

でも、前もっていろんなことがわかってしまっていたら、私はいつも「産む」という選択をするだろうか。
いろんな人がたくましく生きているということを知識や経験として持っていなかったら?
周りが「丈夫な赤ちゃん」をのぞんでいたら?
自分も家族も多くの生き方を受け入れられない青さをもっていたら?

未来を知ると、判断がかわる。命を選別する立場に自然になっていく。
そんな選択肢がまたひとつ増えてしまった。

障害がある私ができることは、幸せな生き方をしていくことにつきるのだろうか。
どんな境遇に生まれてもひとつの人生。ひとつの選択はその人の人生の小さな歴史になる。

私のいのちは摘まれなかった。
たしかに、幸せを感じるまでに時間がかかった。
家族が、私がいたことでどうであったかまでは、私の範疇で答えられない。

生きてみてどうであったかは、死ぬときにしかわからないだろう。
苦労しているときは、苦労でしかないだろう。

多くの方々が選択していくのだろうか。そして中絶していくのだろうか。
未来はただ想像の中だけ。必要なのかも知れない経験の場は閉ざされる。
それでいいのだろうか。
どう私は心を整理してみようか。

http://sankei.jp.msn.com/life/news/120829/bdy12082911260002-n1.htm

2012年8月29日水曜日

秋に先立って

統計の勉強を始めました。
数学が苦手なのに、これでいいのだろうか。

心理学には統計はかかせず。
もっと早く勉強しておけばよかったな

でもExcelは楽しいから、どうにかなるかしらん。

飲み会

古い友だちとうち飲みをしました。
お酒は佐渡の日本酒。
つまみはお豆腐屋さんのもめんどうふ。
デザートはあんみつ。
持ち寄りパーティでした。

友人は時々その場にピッタリした語句を言います。
教える立場の目線はすごいなあ、と思います。

酔っぱらいの私は、言われた言葉を正確に覚えられないのが残念。

2012年8月27日月曜日

たくさん話を聞いてもらったら

今日はちょっと暑さ負けしていたのですが、たくさん話を聞いてもらって立ち直りました。

ありがとうございましたm(_ _)m。感謝。

八月はいろんなものをそぎ落とすときかも知れません。


2012年8月23日木曜日

これからどんなふうに生きていきたいか

10年後、私は下記のような心持ちで暮らしていたいです。

好きな人たちを信じ、心から相手のことを思うことができる関係性。そのなかで支えた下さる方々に感謝しながら、持って生まれたこの身体でできることを実践していく生活。

私にできることとは
 ●縁のある人を理解し、受け入れていくこと
 ●相手の話を聴き、寄り添うこと
 ●支えていただくことに、罪悪感、恐怖、理想を持たないこと(エゴイズムを捨てること)
 ●偏った関係性にならないように最善を尽くすこと
 ●相手のためを思って行動すること

10年後の生活を実現させるためにしていくこと
 ●多分野の勉強
 ●身近な人たちを大切にすること
 ●冷静に考える癖をつけること
 ●感じたら思考を働かせることを忘れずにおこなうこと

このメモは随時更新します

わからなくなってきたけれど

これからの人生、どんなふうに生きたいかは明確なのだけれど、そこまで行くためにどう歩くかが、とても混乱しているような気がしています。
とにかく勉強したくて、将来的に本当に必要なものなのかどうかわからないのに、他分野の科目を選択している私。
文章も書きたいのに、焦るばかりだし。
黙って 努力し続けることの難しさも感じたり。
どうかしちゃったのかしら

とにかく来年の今頃は何かのめどが立っているように、わけがわからなくなってしまったけれど、わからないまま進みます。
とにかくとにかく やりたいことに行き着けますように

2012年8月19日日曜日

はじめのいっぼ

今日から新しい歳が始まりました。
さまざまな方におめでとうと言っていただき、幸せな時間を過ごしています。

この一年で
大学卒業のめどをつけて(卒業研究のめどです)
つたない物語をたくさん書いて
縁のある人たちとたくさんお付き合いしたいと思います。

もちろんこれからのお仕事(書くこと?)にもつながるような、これからの生き方にもつながっていくような(今はまだナイショ)、身のあることを考えていきたいな。

しゅっばつしんこう!

六義園でたまたま見たのは「江戸太神楽」
3本締めで 幸先いいスタートでした

2012年8月10日金曜日

心の罠

思いもしない瞬間にそれはやってきます。

ふっと、人が言った言葉がよみがえって
その言葉の真意を探ってしまったり。

罠ですね。

心を明るい色に保ち続けることは難しいけれど
できる限り罠の存在に気づける冷静さを持ちたいものです。

2012年8月8日水曜日

物事を手放すと言うこと

私はこだわりが多いので、悩みも多いように思う時があります。
手放したいと思うことも、思うようにはいかないのです。

でも時折、「あれ、できてるじゃん」と自覚することも。
今日がまさにそうでした。

どうもひとつ手放せたようです。
あるものごとにいからず動じず、淡々と対応していたことに気がついたのです。

こんなことがあるなんて。
眠くてボーッとしていたせいかしらん

2012年8月3日金曜日

ひぐらしの鳴く夕暮れ

最近は暑いので、いろんな場所で午後を過ごしています。
都心は都立公園が多いので、ちょっと門をくぐるだけで別世界の涼しさに出会えます。
緑の存在は大きいですね。
広い公園では、場所によってひぐらしの「かなかなかな……」というこえが聞こえることがあります。
今年もはやばやと聞くことができて、幸せな心持ちになっています。

今日は用事があり、久しぶりに自宅でパソコンに向かっていました。
暑かった〜。やはり夕方までは近くの避暑地にお世話になろうと思います。

2012年8月1日水曜日

試験週間が終わって

苦手な総合科目の試験、最終日は放送授業でなじみ深い先生が試験管でした。
「○○先生ですか」
うれしくて思わず伺ってしまった私。
「授業、とても面白かったです」と、
口走り、もっと丁寧にお伝えすればよかったと、おもったり。

直接お会いできるなんて、私は本当にラッキーでした。

試験のできばえは……聞かないでぇ!

明日からしばらく 教科書は開きませぬ。

好きな歌詞 ーートモエ学園ーー

福山さんの歌は、好きな歌もあるけれど、あまりハマらないのですが、この歌はとても好きです。 「窓際のトットちゃん」の本も好きだったけれど、トットちゃんの世界を別にしても、とても心にしみる詩です。 子供目線が少し入るから、優しくわかりやすい詩になっています。 いい先生や、友...