2015年11月26日木曜日

介助を受けることについて気づいたこと

介助については、とても身近なせいもあって、何度もこのブログで書いてきた。
少しくどいようにも感じるけれど、最近感じていることを書いてみようと思う。

体が動かなくても、介助を受けて意志どおりに生活できるならそれが自立と、その考えに励まされて自立生活に踏み切った。
いい介助を受けるには、そのやり方を障がい者が伝えていくことが大切なこと、いい介助者はあなたが育てるのよ、そんなふうに習って、そうなんだと信じて暮らしてきた。

そして障害者団体のお仕事を辞めた頃から、少しずつ考えが変わってきた。

介助を通しての人間関係も、他の人間関係と同様、学び合う、育ち合う関係。どちらかがどちらかを育てたりとか、そういうことではなくて、お互いが気づき合うことなんだ。

書いてみるとすごくあたりまえ。そんなあたりまえのことが私にはわからなかったみたいだ。

私は介助という方法を通して自己実現してきたから、介助者には指示どおり動いてもらいたいという気持ちが強かった。まず話を聞いて理解して欲しかったし、私の生活のペースで、たとえいろんなあらが目についたとしても、まずは合わせて欲しかった。だから指示どおりに生活が流れないと、伝え方が悪かったか、聞き取ってもらえなかったか、とひどく悩んだ。または介助で関わる方と気まずい関係になった。

家庭や、施設での介助でなく、地域で世帯として介助を受けながら生活を始めるとき、そうやって自分の意志で動く時間は絶対必要だと思う。そうしないと、誰かの指示を待つ受け身的な生活から、自分で自分のことを決めて自分で責任をもつという生活に移行することは難しい。自分の体を通して経験できることが極端に少ない分、本当に難しいんだと思う。

もちろんこれは人による。すぐに精神的に自立する方々も多いかも知れない。
私は無理だったというだけ。

最近まで、私はその考えのもと、生活を続けてきた。

ある日、ふと思った。

確かに、介助の人の手を通して私はなんでもできるし、私がやったことといいたいけれど

梅干しの仕込みも、
手前味噌の仕込みも、
かぼちゃのパイも、
キムチ鍋も、

そして家をきれいにすることや、
私が毎日清潔にいられること、

ねずみ追い出し作戦、
その他諸々のこと

家に来てくれる人がいなかったら、
なんにも実現しないことばかり。

つまり私は、実は何もできない。
誰かが介助という考えに賛同して、この内容を仕事として来て下さらなければ、
毎日毎日来て下さらなければ、この生活自体は成り立たない。
理念は理念。現実は現実。

この基本の基本を、忘れていなかっただろうかと、思ったのだった。

私の今の生活はすべて、私の生活を支えて下さる人との共同作業なんだと思う。

今の私にできることは 介助者がいなくなったらどうしようかと不安がることではなくて、一日一日のいろんな出来事を体験し、ベストを尽くすことなんだと思う。
さまざまな方が自分の時間をかいじょの仕事にあてて、私のもとに来てくれる。そのこと自体が、実は貴重なことなんだと思う。

大げさだろうか。違和感を感じるだろうか。

でもそう考えたとき、私は自分の意志をすべて通すことよりも、その人とのその日の関係性を大事にしようとやっと思えるようになった。もちろんその日必要なことは伝えて、やっていただくけれど、前よりもすこし心に余裕が生まれたように思う。

私の体は比較的動くし、障がいの特性もある、それに私は今遊び人なので、出来るのかも知れない。もしかしたらこの内容を読んで、そんなうまくはいかないと思う方もいらっしゃるかも知れない。

それでも、私は私の考えのもとでやってみようと思う。幸い、介助者を派遣して下さる組織のやり方は、水に合う。幸せなことだと思う。

さまざまな方が介助に関わってくれる。そのことを恵まれていることとして、生活していきながら、より豊かな関係をつくらせていただこうと思っている。

2015年11月24日火曜日

仕事についての気づき

仕事を辞めて7年が経つ。
ようやく最近わかったことがある。

働くということにこだわっていたんだ、と。

世の中のために何かをやりたいのではなく、仕事のできる自分でいたかっただけなんだと。
誰かのためにつくしたくて仕事をしたかったのではなく、ただできる人でいたかったんだと。賢く聡明な人と思われたかっただけだったと。

今、生活が成り立っている自分には、働けない今だからしなくてはいけないことが山ほどある。現状を見直せば、暇などひとつもなかった。

本を読み、映画や絵を観て、新聞を読んで、知識を積み重ねること。
人にお世話になり、その人から態度や気遣い、考え方を学ぶこと。
人と逢い、会話の中から智恵をいただくこと。
街に出て観察し、ひとつでも多く観察する力を養うこと。
人との出会いの中で、その人の気持ちを想像し、おもいやる気持ちを学ぶこと。
毎日の生活の中で、忍耐を養うこと。

人並みに決して働けない体を持った意味は、きっとここにある。

大事な友人が諭すように伝えてくれたことがある。
「気がついていないだろうけれど、会いに来る人たちは会いたくて来ているんだ。私も毎回もらっている」
仕事だけが社会にできることではない、あなたはもう尽くしている、と彼女は会うたびに教えてくれる。

人生は本当に複雑だ。所属しないで個人でひとつひとつ考え、行動することのなんて難しいこと。ステレオタイプの幸せや正義のあり方と離れて、自分なりに生きることの、なんて勇気の必要とすること。

私はまだなれていない。障がい者の枠から離れること、世の中の幸せの枠から離れること、正義の枠から離れること、すべてに。
できていたようでできていなかった。そう自覚できただけだ。
枠から離れるということは、その枠の内と外で起こっている出来事を理解しようとし、視野を広げてみようとすることだと思う。枠のどこにいるかを気にすることではなくて、どこにいる人でも理解しようとすることだと思う。

そして個人として、起こる出来事を自分らしく考え、愛情を表現していく。
私しかできない、生き方をしていくということなんだ。

残念だけれど、私には何もない。うすっぺらな人間だから。良い子ぶっていただけだから。信念なんて何もなかったから。あると思い込んでいただけだから。
一歩一歩、これから歩いていく。

もちろん、いただいた仕事は丁寧にやりたい。
ヒーリングも、原稿書きも、講演も。
お金をいただくものでも、ボランティアであっても。
それでいいのだと、今は思う。

たとえ数ミリずつでも、わかることが増えていきますように。

お仕事についてふんぎりがついたら、あせりがなくなったぶん、なぜか今までよりも忙しくなったような気がしている。

2015年11月22日日曜日

選択してきたことについて気付いたこと

ものごとに揺れなくなるということを、最近実感した。
考え方の違いや、諸般の事情で、住むところを変えたり、所属しているところを離れたりすることは誰でもあることだと思う。
私も、実家から離れることを含めて、6回ぐらい住むところを変えた。
一度一度が、「ずっとここに住もう」と決心しての引っ越しだったから、この結果は自分でも驚いてしまう。

実家を出るときさえも、私は仕事を辞める形で出ざるを得なかった。
親が私と働くために提供してくれた文房具屋を退職することを選んだのだった。
そのお店のためにどれだけの資金がかかり、両親がどれだけの苦労をし、妹たちの生活までが大きく変わってしまった文房具店だった。
家を出るまで本当に悩んだ。もし友人の死という出来事が2回も(正確にはその年3度起きた。自立という悩みに関係する友人は2人だったけれど。)起きなかったら、私は自立を諦めて、家族のもとでずっと生活していたかも知れなかった。

両親には申し訳ないことをしたけれど、このことに関しては私は悔やんでいない。一度施設で暮らすという形で、私は家族のもとを離れてしまった。思考力のない、そして心の狭い私には、一度離れてしまった家族と自分からうまく関係をつくるということはとても難しかった。誰かのせいではなく、これでよかったんだと思う。いま多くの人たちに支えられていると自覚しながら、生活していけているのだから。

引っ越しのきっかけは、関わってくれていた人たちとの別れが原因のことが多かった。
こうしたことについて、本当に私はこれでよかったのか、答えが出なかった。

今日、ある人と話しながら、
お別れしたひとつひとつのことについて客観的にみている自分に気がついた。
そして、別れたひとつひとつの組織や関わっている人たちが、変わっていようと変わらないままでいようと、動じない自分を発見した。

すこし前の私は、相手が変わることを望んでいたし、別れてきたその場所にいきたいという気持ちもなかった(今でも逢えていこうとは思わない)。私は自分の正義に酔っていたんだと思う。今は、そんなことはどうでもいいことなんだと思うことができている。正しいとかまちがっているとかではなく、私がそこを離れたかったから離れただけで、相手の生き方を変えようとしなくていいし、ネガティブな感情は持たなくていいということなんだ。

私はできれば成長していく生き方をしたいし、広い視野で物事をみる目を養いたい。
相手が成長していないということではなくて、私はいつも変わっていくということなんだなあって。

わかりにくい説明で申し訳ないけれど、今回の出来事でわたしの心が揺れなかったのはそういうことなんだと思う。
すごく視野が狭いとは思うけれど、私なりにひとつひとつの場所に関わり、現実にふれてきたから、その視点から理解できるから、距離を保ってみることができる。この距離感が大切なことなのかも知れない。

生き方を見直すたびにその時のお付き合いから離れることになり、結果的にその時々で迷惑をかけてきたと思う。私と逢いたくない人も多いと思うし、嫌な思いをする人もいらっしゃるだろう。
それは当然のことなのだから、と、今回は思った。なぜなら、多くのことから離れることを選んだのは私だし、人に理解を求めても仕方がない。
私の生き方は、自分で見直して、進んでいくしかない。それだけのことだ。

そして、過去を客観的にみた自分がいた。
自分で選んだことに、責任を持とうと思った。大それたことではなく、日々考えながら生きて行こうと思った。

今までにない、いいようのない気持ちだった。

2015年11月18日水曜日

お別れの時間

Kさん。

出会いのときは覚えていないけれど、最初の思い出は、Sさんのお通夜の日。あなたは私を一晩泊めてくれました。
あのときは悲しみでいっぱいで、なにを話したかも忘れてしまったけれど。

私があなたの会をやめて、
年賀状だけのお付き合いになって十数年が経ちましたね。
今日、あなたとの最期の時間を過ごさせていただきました。
会いに行かせてくださってありがとうございました。おかげさまで昔のことが少し整理できたように思います。

お別れ会に出席して、私と7歳しか違わなかったことがわかり、ああ、あの頃もあなたは若かったんだなあと気がつきました。

辛いこともたくさんあっただろうなと。

障害者運動が嫌いとおっしゃっていたその気持ちが、あの頃の私には理解できなかったけれど、なぜならあなたは代表だったから、自分で選んだところも少しあったと思っていたので……。今まさに運動を離れて個人としての生活をしている身として、少しだけだと思うけれど、わかる気がしています。

道を違えてしまったけれど、遠くで少しだけ気にかける関係というのが、本来の世間的な人間関係のほとんどなのかもしれません。

今日、懐かしい人達のお顔をたくさんみさせていただきました。声をかけてくださった方もいて、懐かしくてうれしく、元気そうで安心しました。
そして私の心は揺れませんでした。
今の道を選んだことは、良かったんだと思います。
戻りたいとは思わない、人生を歩いているんだと思います。

私たちはあのときお別れをして、もうそれ以来話をしなくなったけれど、
それは私自身が選んだ結果としてずっと死ぬまで心に持っていることなんですよね。
罪悪感を持たず、でもそのとき傷つけてしまった人達がいるということを忘れず、誠実に一歩ずつできる限り前を向いて歩いていくということ。
そういうことが生きるということなんだと、心は整理され、揺れませんでした。

そのことに今日、気づかせてくれたことに、心から感謝をしています。
ありがとう。
午前中の晴れた時間も、全部こじつけて、ありがとうございました。
心安らかに休まれますように、心からおいのり申し上げます。

2015年11月17日火曜日

犬の名前をつける日

これも知人に教えていただいた映画。シネスイッチ銀座でみてきました。

ドキュメンタリータッチですすむこの映画は、いぬやねこを殺処分する現実と、命を救おうとする人、商売として扱われるペット産業の現実を、主人公のリポートという形で見せてくれます。
見終わった後は、自分に何ができるだろうかと、心に残ります。

小林聡美さんがとても自然に話を運んでくれているので、重い内容だけれども真実が胸の中に灯ります。

犬の話だけれど、なんだか猫と暮らしたくなりました。いつか一緒に住めるところが見つかるといいな。


駒込の家の時に、うちに餌を食べに来た3匹の野良ちゃんを思い出しました。みんなで一匹づつ捕まえて去勢手術をしたよなって。野良だから連れてこなかったけれど、それで良かったのかなあって。

愛するということは責任を持つことなんだとも感じました。

この映画、とても時間をかけて作られています。情熱が感じられて、それも良かった。



2015年11月16日月曜日

いつか歩いた道

訳あって、昔住んでいた街にいってきました。
ただ電車とバスを乗り継いで、ぐるっとまわってかえってきただけなのですが。

東上線で板橋区を超えて志木へ。志木からバスに乗って埼京線の南与野駅へ。
そして池袋に戻って最寄りの街へ。

あまりにも時間が経っているからなのか、懐かしくなかったことが印象的でした。

縁が途切れるということは、その時の自分なりの理由があって選んだことなのですが、今回のあることは、さびしいけれど、その時の区切りとなるように思います。

私が住んでいた頃と違うのは、どこにいっても交通機関は対応がとても良かったということ。そして南与野駅前が開けていたことでした。

南与野駅のホームからみる景色と夕日だけ、とても懐かしい感じがしました。覚えていたことにほっとしました。

2015年11月13日金曜日

ねずみと暮らして思うこと。まとめ

うちの食べ物がかじられて2ケ月余り。
この一週間はいわゆる山場でした。

夕飯中、床に顔を出したねずみは、体調10センチほどの家ねずみ(くまねずみ)でした。

ここに越して2年半、全く気がつかなかったのですが、玄関の上がり框の奥に大きな穴が空いていました。
なぜだかわかりません。私は日本家屋に詳しくないです。

前にこの家に住んでいた人が気づいていたらしく、一つの穴にはバスタオルが詰まっていました。
どうやらねずみは玄関のこの穴から出入り自由だったらしく、私はいつも部屋の引き戸を
開けっ放しで休んでいたので、「オープンハウス」だったようです。
二つの穴に、樟脳を入れて丸めたバスタオルをつっこんでもらい、ふさぎました。
日本家屋を甘くみてはいけません。いい勉強になりました。
迷い込んだねずみは、しばらく早い時間に出現しては私と介助の方を驚かせました。何日も時間が経ち、逃げたのかどこかで息絶えたのか、ここ2、3日姿を見ていません。

今回私がねずみ対策でやったことは、

●食べ物はすべて蓋のある容器に入れる
●隙間や穴はふさぐ
●部屋を整頓して清潔に保つ
●超音波装置を買い、音のある居心地の悪い家にする
●ねずみの嫌いな匂いのする部屋にする
●粘着式のねずみとりを置いてみる
この6つです。

具体的に役立ったなあと思えるのは、上記3つまでかと思います。
超音波は聞いていないように思えるし、匂いも効果はわかりません。,ネズミ捕りは、形だけです。
市販の忌避剤は室内で使うと匂いの気になるものもあり、私は苦手でした。わさびの成分が入ったものはいま台所に置いています。
ハッカ水、ミント入りのルームオイル等は大活躍でした。効果よりも、人間のために。
ねずみのおかげでいろんなものが片付き、いっそう清潔になりました。

今回感じたことは、いまある環境のありがたさと危うさです。
どんなにいい家に住んでも、小さなねずみが一匹入っただけで、心かこんなに騒ぐし、生活に支障が出てしまうんだということ。今つつがなく暮らしていけることは奇跡としか言いようがないのだと感じたのでした。
ねずみに一緒に対処してくださった方々に感謝しています。特に迷い込んだねずみは食べ物がなくなると空腹なので、人の気配を感じても出てきます。
天井裏の運動会までは、収まらないだろうと思います。ねずみはあちらこちらの家を泊まり歩きます。うちに来たときに、選ばれない家になるよう、いろいろ考えたいと思っています。

2015年11月11日水曜日

おみおくりの作法

Still life
2013年 イギリス・イタリア

知人がこの映画を観たときに、とてもよかったと話していたので、気になっていました。

最初は淡々としているようで、根気が続くかなあと思いましたが、最後には号泣。
好きな映画になりました。

生きるということは、誰かに理解されようとすることではなく、誰かを思うことなんだと、この映画は語ってくれます。
主人公の欲のない、誠実さは、こころにしみていきました。
生きる目的をどこにおくかで、たとえまわりにどう映ろうと、満たされた時間を生きられるんだと感じました。

本当に最後は泣いた泣いた。しっかり生きて行こうと思いました。

内容がかけなくて残念だと思うくらい、ネタバレで書きたいです。書かないけれど。

2015年11月7日土曜日

彼女は絶好調

彼女はねずみ。体長10センチぐらいのいえねずみです。
昨夜私達はご対面。最近まとものエサを食べてない彼女は、夕食のぶりダイコンにつられたのか、食事中に顔を見せました。
今日はただ今絶好調。リビングをえさ探しです。参りました。
私は別の部屋に避難。部屋がいくつかあることに感謝です。

今日は玄関の上がりかまちの下に大きな穴を発見。前に住んでいた人がバスタオルをつっこんでふさいでいたらしく、そしてすべてふさがれていたわけでもなく、もしかしたらここから彼女たちはあがりたい放題だったのではと思いました。
樟脳入りのバスタオルをつっこんでもらい、家中、ひとあし早く大掃除です。
食べ物もお茶もすべてふた付きの入れものに。家の中もいちだんとハーブ臭くして。

明日はほんとうにねずみほいほい買わないと。仕方ない。追いだせない。

野生のねずみの、何とも言えない怖さも味わっています。可愛いのに、そんなこと言っていられないと思ってしまう。
鳩だったらえさにつられて外に連れ出せるのに、ねずみは賢いですね。そうもいかない。

やっぱりねずみと共同生活はできないなあ。

家探しも視野に入れるか−?

2015年11月4日水曜日

エール!

フランス映画。イオン板橋で観てきました。

いやあ、何が良かったって、耳の聞こえない人の気持ちと、聞こえる人の気持ちと、親の気持ち、娘の気持ち、世界観の違い、そして家族の気持ち、自立、すべての立場の気持ちが伝わってくるところがなんとも言えず良かった!!!

クライマックスであの演出はすごいなあ。


そして、歌。
サントラ、買っちゃうかなあ。

なんだか何も隠さなくて、同情しないフランス映画は大好きです。

フランス語で「青春の翼」を歌いたい。

全は一、一は全

先日、知人に尋ねられて、そういうこともあったかなあということがありました。 銀座の歩行者天国のおはなしです。 数年前、ストリートパフォーマンスをそこでみたという話を、知人に私はしたらしく。 覚えていないのです、悲しいことに。 書きたいことは、忘れっぽくなったということで...